それいけ、アラカン💜 

😂思えば遠くへ来たもんだ〜 とつぶやくアラカン。
母の死をきっかけに、ますます心のつぶやきが多くなったこの頃、
悲しみ、憤り、喜び、そして アメリカ生活での様々な情報を、思うがままにつぶやいています。🍷


ベジタリアン料理のレシピはこちらから💁 http://vegetarian-kitchen.blog.jp/

母の一言は強し

おはようございます


昨夜は、旦那と久しぶりに
外食をしてきました


タイレストランでタイ料理を食べました。


美味しかったですが
ちょっと食べ過ぎた感じ!



さて、子供達は家から離れて
NorCalへ住み続ける


そしてここは、夫婦2人の
エンプティーネスター🌗


そんな生活が始まって
しばらくの月日が経ちます。


子供らとたまに会ったり
電話やフェースタイムで近況を話したり


そう言う時間が、とっても貴重に
思うようになったこの頃。


一緒に住んでいる時とは少し違った意味での
親子関係を持つようになりました。



子供らのことに、もう口出しは
しないようにしています。


自分の道を選んで、やりたい事をやって
私はそれを応援する役となりたい。


子供らは、自分で自分の健康を管理


そして自分のお金で毎日の生活をする


それを考えると、思った以上に
子供らはしっかりやってる


驚くくらい〜


でも心配はいつも付きもので
特に最近は、嫌な事件が多いし


仕方ない、親ですもんね〜


どんなに年取っても
子供の事は心配ですよねっ`



上の子は、私がアメリカへ来た頃の
歳になろうとする。


そう、私が米国宝石鑑定士の資格をとりに
アメリカへ来た年令なんです。


自分の夢を追いかけ、自分の判断で
日本での仕事を辞めてアメリカへ渡る。


引越し手続き、アメリカでのアパート契約
学校の手続き…


全部一人でやりました。


そして、初めての海外での一人暮らしが
始まったわけです。


それを思い出しながら、子供と
私のあの頃を比べます。



私は、こういう性格で友達もすぐにできて
20代後半を十分に楽しみました。


ただ1度だけ、もうダメだ、日本へ戻ろう!


そう、1度だけ、母親に泣きそうに
国際電話をしたことがあります。


「こんな専門用語なんてわかるはずないよ〜」


って、母に弱音を吐いたのです。


「学校の勉強が難し過ぎて!」


要は、すべての専門用語を
辞書で調べて意味を調べてました。


宝石のことを勉強する前に
専門用語で突っかかるなんて`



弱音を吐くのって、初めてでしょうか?


泣きたい気持ちを抑えながら話す声を聞き


母は、「いつでも帰っておいで〜」


その一言が、元気のパワーとなり
急に気持ちが晴れたのを覚えています。


母の力ですねっ💕


おかげで、順調に宝石鑑定の資格も得て
今、ここにあります。


当時の20代後半から50代の現在まで
かなり端折ってますが…



親の一言は、本当にパワフル❣️


母のあの一言のおかげで
ここまで来れた…


そう言っても言い過ぎではないかもっ。


私も母として、いつまでも子供らに
母の愛の一言をたくさん与えたい


母の一言は強しです❣️